社会的共通資本としての森林

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「エディブルフォレスト」=食べられる森づくり

(一社)天草1000年の人と土の営み・ホワイエ提携 理事 後藤千恵

 日本の食料自給率はカロリーベースで38%、この半世紀で約半分になり、食料の多くを輸入に頼っています。しかし今、気候変動による熱波や豪雨、国際紛争、世界人口の増加、そして歯止めのかからない円安など様々な要因により、今後も変わらず食料を海外から調達し続けることができるのか、食料危機の到来が日に日に現実味を帯びてきているように思います。

 危機にどう備えるのか。今から農業に従事する人を増やすといっても簡単にはいきません。代わりに求められるのが、国民一人ひとりができる範囲で小さな農ある暮らしに携わっていくという選択です。私はその一環として、いま世界中で注目を集めつつある「エディブルフォレスト」=食べられる森づくりに力を入れてはどうかと考えています。

 かつて人々は里山で採れる山菜や野草、木の実、果樹、キノコなどの恵みを日々の糧として暮らしていました。もう一度、そこに目を向けてみる。もしも危機に見舞われ、否応なくそうした暮らしを“強いられる”としたら私たちはすさんだ気持になるかもしれません。でも、危機に陥る前に、まだ余裕がある今、この段階からそうした暮らしを“楽しむ”習慣を作れたら‥。動きを広げるためには、“楽しさ”が欠かせません。今こそ、楽しくその一歩を踏み出す時だと思います。

この日の主役!雑草ではなく「野草」です

 ‥というわけで「みどりの日」の5月4日、私たちは「食べられる森」をテーマにしたイベントを開きました。家族連れなど25人が天草市内各地、また隣の苓北町から参加しました。カナダから来日中の園芸専門家、ウェス・コールマンさんと野草の専門家、山本愛子さんが案内役です。

 森の入り口につながる小道にはたくさんの野草が生えていました。普段は「雑草」とひとくくりにされ、気にとめられることのない草たちがこの日は主役です。まず出会ったのはスイカズラ。「この花の蜜、吸えるよ」と教えてもらうとすぐに口にふくむ子供たち。「わー、あま~い!」、砂糖の甘さとは違うすっきりした甘みです。かつて砂糖のない時代に甘みと

スイカズラのお味は…?

して調理に使われていた頃もあったそうです。花の蕾や茎、葉は生薬としても用いられ、利尿や解熱作用があるとのこと、ツタの仲間で厄介者とされる雑草の代表格ではありますが、実は色々と有用な草なのだそうです。「この葉はグチャグチャにして汁を傷口につければ傷を治せる」とウェスさんが実践して教えて下さったのはオオバコです。このほか、ヨモギやドクダミなど食べられる野草もたくさん。食用にもなれば、薬用としても使える野草が目の前にたくさん広がっていて、いくらでも採取できます。知識とそれを活用する時間さえあれば、ただの野原が宝の山に変わるのです。

摘んだ野草は、野草の専門家の山本愛子さんが森のツリーデッキで天ぷらに

森のツリーデッキで天ぷら作り

して揚げてくれました。薫風を感じながら森のなかでいただくアツアツ、パリパリの野草の天ぷらの味は格別です。

 この日、天ぷらの食材となった野草はカラムシ、ドクダミ、ヨメナ、アカメガシワ、カキドオシ、ツルソバ、セイタカアワダチソウ、クサギ、アップルミント、イヌビワ、ハルジオン の10種類。愛子さんは天草で獲れたイノシシの肉を使ったミートボール、アメリカンドッグ、ホイル焼きま

食材の野草は10種類!

で準備してくださいました。野草もイノシシの肉も、食料危機が訪れた時には注目されることになるでしょうが、そうなる前の段階からこうした食事を楽しむ経験を積んでおけば、いざという時に慌てずにすむでしょう。

 この日のイベントのもう一つの柱は、食べられる木の苗の植樹です。準備したのは、イチジク、タラの芽、そしてサンショウの木です。子どもたちが3~4人ずつ3つのグループに分かれて、先日みんなで整備した小径の脇に苗を植えました。落ち葉が積み重なってできた腐葉土は柔らかくふわふわで小学校低学年の子供たちでも大きなスコップで簡単に土を掘り起こせました。

 途中、長さ30センチほどもある青紫色の光沢あるミミズが姿を現しまし

栄養分を供給し、土を耕す働き者の山ミミズ

た。日本最大のミミズの一種シーボルトミミズ、通称山ミミズです。ミミズは落ち葉や生き物の死がいなどを土と一緒に食べてカルシウムやカリウム、リン酸など多くの栄養分を含む糞を排泄します。また、土を団子のようにまとまった状態(団粒構造)にして隙間をたくさん作るので、保水性や水はけ、通気性がよくなって根の成長が助けられます。山の中では肥料をやらなくても、こうしたミミズや土の中の菌、微生物の力で植物が大きく育っていくのです。

ウェスさんの提案で、それぞれが植えた木に名前をつけることになりました。このイチジクの名前は「いちじく さおみち」。木を植えたメンバーの名前(さ:さわちゃん、お:おんくん、み:みよちゃん、ち:ちさとちゃん)の頭文字をとってつけたの

「いちじく さおみち」と子供たち

だそうです。 きっと4人はこれからずっと「いちじく さおみち」のことを忘れず、成長を見守ってくれるに違いありません。

今回、植えた苗はいずれも天草市内の知人の山に自生していたものをいただいたものです。苗はインターネットでも買えますが、地元で自生しているもののほうが気候や風土に合っているため、手をかけなくても力強く成長するからです。エディブルフォレスト=食べられる森づくりのポイントは人工的な関わりをできるだけ減らし、自然の力を引き出すということです。

これから森の中に食べられる木をどんどん増やしていきます。森のふもとの耕作放棄地での自然栽培にも取り組みます。食料危機が来るかもしれないと心配するだけで何もやらないより、できることから、“楽しみながら”やっていく。皆さんも小さな一歩を楽しく踏み出してみてはいかがでしょうか。