パッラバ・グランタが南で栄えたサンスクリット文字ならば、北で栄えたグプタ朝の時代に発展普及したのがグプタ文字。これが中国など東アジアで主に仏教の経典文字として伝わった梵字の源にになっている。
インドでインド知識体系の影響が日本にもあるという説明の一環に、梵字、特に密教の修行の一つでもある阿字観の「阿」をみせたのだが、一部のサンスクリット専門の先生は、よくよく見つめて「あ」と言われればそうだねという反応。学生達は一様にサンスクリットだとは信じられないという反応だった。
確かに私自身、初めてカンボジアに行ってクメール語、クメール文字に出会った時は模様にしか見えなくて、文字の違いに衝撃を受けたのだから、その気持ちもよくわかる。
ところがクメール文字も、現代サンスクリットのデヴァナガリも、日本の梵字も源を辿るとサンスクリットのブラーフミー文字にたどり着く。
アジアと一括りにするには多様すぎるほど多様な様相を持つのだが、意外とその淵源は同じで、私たちは深いところで同じ水を飲んで育っているのかもしれない。

梵字の「阿」

ヒンドゥー教寺院 Sri Bhoga Nandishwara Gudi に掘られた文字